印影偽装と印鑑偽造の考察

印鑑偽造と印影偽装の見破り方

このページでは,印影偽装と印鑑偽造の解説を行いますが悪用は厳禁です。真正な印影を別の書類に押印されているかのように偽装したり,印鑑(印面)を偽造したりすることによる書類作成は,有印私文書偽造等の罪により罰せられることがあります。

印鑑偽造とは

印鑑偽造とは主に,他者の実印や銀行印,法人代表印などを複製することです。複製する目的は当人に成りすますことですからその偽造印鑑を使って押印がなされますが,その時点で刑法の「私印等偽造罪・私印等不正使用等罪」に当たりますので3年以下の懲役刑に処されることになります。
印鑑偽造の方法は多岐にわたりますが,近年では偽造されることを防止できるように工夫された印鑑を作るはんこ屋さんも増えてきています。

印鑑偽造の考察

印鑑偽造は,印面偽造と同様に真正印影から印面を再現するものですが,この偽造では固い印面に篆刻されたハンコそのものが製作されるため,押印痕が残ることが印面が柔らかい印面偽造と大きく異なる点です。
なお,「印鑑」とは実印や銀行印のように登録されている印影を指しますが,偽造することにより得られるものが大きいため,実印や銀行印などの印鑑が偽造されることが多く,弊所ではそのように呼んでいます。

印鑑複製サービスの悪用

一つは,印章篆刻のプロが作成するケースです。
印鑑複製サービスというもので現在も営業しています。昭和の時代には,銀行でお金をおろす際に通帳と印鑑が必要でしたが,印鑑が欠けてしまったりすると印影が合わなくなり預金を下ろすことができません。そうした急場をしのぐため,町のハンコ屋さんに飛び込み,通帳や書類に押印されている印影から印鑑を再現して「作り直し」が行われていましたが,その名残といえるでしょう。
これはハンコ屋さんの善意による人助けの一環として行われたため,被害を被る人はいないと考えられていますが,こうした技術と善意を悪用した印鑑偽造が推測される案件も少なくありません。

3Dプリンタで印鑑を偽造する

もう一つは,3Dプリンターを悪用したケース。印面偽造と同じ要領で印鑑偽造を行いますが,3Dプリンターのタイプと性能に左右されるため,仕上がりがうまくゆかないことがありますが,3Dプリンターの急速な発達と普及により一般化してきています。

印鑑偽造の見破り方

印鑑偽造を印章鑑定で見破ることは難易度が高く,鑑定資料と対照資料のいずれも原本を使い,真正な印鑑の観察を行う必要があります。また,鑑定資料の朱肉を見極めることも必要です。

真正な印鑑に鑑定資料と同様の朱肉を付着させ,押印した印影を対照資料として使用し,文字線画と輪郭線の計測をはじめ,特徴点を探して鑑定資料と比較鑑定を行います。印鑑が手彫りであれば偽造防止用の特徴点が見つかることがあり,偽造された印鑑では再現されていないことがあるため,そうした相違点を探していきます。

印面偽造の考察

印章(ハンコ)の文字が彫ってある部分を印面と呼び,その部分に朱肉等をつけて押印したものが印影です。印面偽造においても真正印影が必要となり,パソコンやプリンターに加え,「自分でスタンプが作れる」という市販の専用器材を用意します。

真正印影をスキャニングして,パソコン上に表示させるところまではスキャニング偽装と同じです。画像編集用ソフト等で大きさなどをそろえたら,後は専用器材のレシピ通りに作成します。印面は物体として立体化されたものとして仕上がります。

印面偽造の見破り方

スキャニング偽装と違い,最初から契約書の原本を提示されるケースがあります。
印面が偽造された印章が存在しますので,紙に直接押印することができ,契約書等の原本を見ても偽造か否かはわかりませんので,鑑定が必要となります。

市販の専用器材にはバリエーションがありますが,印面を作成する原理は一緒で,真正印影をスキャニングしているという点と,手作業が入るという2点が印面偽造の弱点になります。
実印や法人印になりえる印章には,0.3㎜などの細い線が浮き彫りにされていたり,本来の文字にはない極小の点や線が施してあったりと,専用器材での再現が限界を超える部分が多く,真正な印章の印面を観察することにより,偽造を見破ることを可能とします。
また,専用器材の取り扱いには慣れが必要であり,細かな手作業も必要であるため,真正印章ではつながっていない線がつながっていたり,文字の間隔が異なっていたりと,お粗末な状態の偽造印面になることも考えられます。

これまでのご相談で,会社を辞めた元社員が得意先を回り,架空の取引を持ち掛けてお金を集めようとし,法人印を持参していたので取引先は信用してしまい,現金を渡してしまったというケースがありました。物体として印章が存在するということと,見慣れた顔という安心感が相乗したのでしょうが,日本人の弱点とも言えます。
鑑定を行ってみると,印面の状態が印影からも分かるくらい乱れており,印面偽造が行われたと推定しました。

元社員は住所地に住み続けていたため,元上司が訪ねていくと簡単に見つかり,すべてを告白してお金を返し,取引先の会社社長の温情を得て刑事事件にはされないという顛末でしたが,ネット検索で印面を作成する知恵を得たということで,今度は元社員のいた会社社長から,偽造が困難な法人印の作成方法について,私がご相談を受けるという事態に至りました。

印影偽装とは

印影偽装とは,真正な印影が押印されている書類から印影を写しとり,別の書類に「押印されているように見せかける」ようにすることを指します。印章鑑定の現場では実印や法人代表印などが多く見受けられますが,当人には身に覚えのない書類が作成されしまい損害を被るケースや,押印偽装された書類を基に第三者へ不当な請求などが行われることがあり,かなり横行しているものと思われますが詐欺行為に当たりますので刑事事件

スキャニングによる印影偽装

近年見られる印影偽装として最も多い方法です。
印影偽装に必要なものは,真正印影(本物の印影)がある書類と,パソコン,スキャナー,プリンターです。

真正印影のある書類からプリンター等のスキャニング機能を使い,目的の印影をパソコン上に表示させ,画像編集用ソフトを使い印影のみの状態にします。
スキャニングした印影は,真正印影と大きさが異なる場合があり,テスト印刷を行いながら調整します。
次に色彩の調整です。押印の際に使用する朱肉やスタンプ台などにより色味が変わりますが,「赤」色ではないので,大きさの調整より難度が高いです。またこのときに,白抜き部分の透明化を行います。これにより文字の上から押印されたように見せかけることが可能となります。

最近では,電子印鑑を作成するソフトウェアに,実印をパソコン上で押印したようにできる機能が備わったものも販売されています。

印影のスキャニング偽装の見破り方

所詮は印刷物ですから,原本の観察により,かんたんに見破ることができます。
身に覚えのない契約書等により不当な請求をされたら,迷わずに「契約書の原本を見たい」と言って交渉しましょう。原本の提示が行われない場合,印影偽装の可能性が高まります。契約書の種類により,警察や弁護士に相談しましょう。

これまでのご相談で,この時点で相手がひるんで逃げ出し,事なきを得た方がいらっしゃいます。

一方では,親が死去した後に親名義の契約書でこうした問題に遭遇する方が増えています。高齢化が進むと共に認知症を発症してから亡くなるまでの期間が長くなり,親と話せない状態が続くと,古い日付の借用書などに実印があるだけで信じてしまう方もおられるようです。

印章鑑定のご依頼を承る際には,係争中が多く,相手と話ができない状態にまでこじれていることがあります。不当な請求をされた時点で原本の閲覧を交渉し,拒否された場合には,契約書の原本から直接カラーコピーした物を請求し入手しておきます。弊所ではカラーコピーの研究を行っており,偽造を見破ることを可能としています。

印鑑を別の用紙に写す・点描画偽造

稀なケースとして,今度は人力で偽造する方法をご紹介します。

印鑑を別の用紙に写す

用意するものは,食品を包んでいるろう紙やあぶら紙などです。これを印影に被せて先の丸い硬いもので擦ります。すると印影が紙の方へ写りますので,それを今度は他の書類に置いて,写し取った時と同じ要領で先の丸い硬いもので擦ると別の書類に印影を写すことができます。
起源は明らかではありませんがかなり古い時代から行われているようで原始的ではありますが,厄介なのは,元の印影が本物なので写された印影も本物の印影であるということ。若干印影が薄いことを除き相違点は見当たらないことから,目視での検査を容易にスルーしてしまうため,巧妙な方法の一つといえます。

この方法の見破り方は,その疑いのある書類の原本を観察することに尽きます。偽造方法からもわかる通り,先の丸い硬いもので擦りますから紙の繊維が潰れていたり,押圧痕がなかったりしますので,そうしたものの有無をマイクロスコープ等で観察することにより,偽造を明らかにすることができます。

印鑑を点描画で再現する

用意するものは,真正印影と偽造文書用の紙,先の細い竹串などと,朱肉です。

トレース台などの,下から光が当てられる環境を用意し,真正印影を用意します。その上に偽造文書用の紙を置き,下からの光により透けて見える真正印影を,穂先の鋭利な竹串などでなぞり,印影をトレースします。
次に,トレースできた偽造文書用の紙の印影部分に,先を滑らかにした竹串などに朱肉を着けて,絵画の点描画の技法で印影を再現していきます。

この方法は,偽造者のウデの良し悪しが如実に表れますので,ウデが悪い場合は原本を観察することで容易に偽造が見破れます。
これまでの印章鑑定で明らかとなったのは,朱肉の色味が不ぞろいで濃淡が強く,そして印影にまとまりがないという「ウデの悪い」者による偽造でしたが,強烈な違和感がありましたので,たとえモノクロコピーやFAX受信文であっても,不審であると警戒させる何かを感じられたのではないかと思います。
しかし,手先が器用で根気のある者が偽造を行った場合には少なからず脅威となることが予想されます。それは,精緻な作業を得意とする者は基本的に根気があり,納得できるまで何回も繰り返すという習性があるため,真正印影と比較しながら完成度を高めていくことが考えられるからです。

精巧な点描画偽造は,未だ目にしたことはありませんが,紙幣やパスポート等の偽造も,クオリティが高いものは手作業が多いと聞きますので,最大の脅威となる偽造方法かも知れません。

偽造印影を印影鑑定で白日の下に

ここにご紹介することにより偽造方法を明らかにし,偽造犯罪の抑止力となることを期待していますが,偽造方法はこれで全てではありません。弊所では鑑定依頼のたびに,未知の偽造が行われていないかを探求しており,可能性がある場合には再現を通じて立証に役立てています。

偽造されにくい印鑑

機械彫りの実印は安価で,ネットショッピングもでき,早く購入することができるため大変便利です。しかし,機械彫りは文字が均一なため偽造がしやすい形状の篆刻であるともいえます。近年ではこれに職人が手を加えた実印もありますが,一生使う大切な実印は街のハンコ屋さんに依頼して作製しましょう。
弊所鑑定人は,二十歳を記念して自ら街の印章店へ赴き実印を作製しましたが,好みの文字を選び気に入った形になるようにしたり,偽造防止の工夫を入れてもらったりすることができるので,押印するたびに注文して作ったときの思い入れがよみがえり,実印が必要な場面では,思いを新たにするときに押印する機会も多いですから,初心に帰るという部分でもよかったと思っています。
余談をはさみましたが,大切な実印は街のハンコ屋さんを訪ねて,時間をかけて手彫りで作製してもらうことにより,偽造されにくい印鑑を手にすることができますので,印章鑑定人の立場からも推奨しています。

印章偽造を取締る法律

印章偽造は罪になるため刑法により罰せられます。印章は,個人や法人の実印や公務員の扱う印章,国璽,御璽の他,認印や拇印,花押に至るまであらゆる印章が対象になります。
また,この刑法には署名の不正使用や偽造等も含まれています。

私印偽造及び不正使用等罪(刑法第167条)

他人の私印(個人の用いる印章)や署名を行使の目的で偽造することは罪になります(刑法第167条1項)。また,私印や署名を不正に使用したり,偽造した私印や署名を使用したりすることも罪になり(刑法第167条2項),共に3年以下の懲役に処されます。

公印等偽造及び公印等不正使用等罪(刑法第165条)

行政機関や公共機関,公務員等の公印(公官庁が公務で使用する印章)や署名を偽造することは罪になります(刑法第165条1項)。また,公印や署名を不正に使用したり,偽造した公印や署名を使用したりすることも罪になり(刑法第165条2項),共に3箇月以上5年以下の懲役に処されます。ちなみに「公務員の印章」には公務で使用する認印までが含まれます。

御璽偽造及び不正使用等罪(刑法第164条)

御璽(天皇の印章)や国璽(日本国の印章)や,御名(天皇の名前)を偽造することは罪になります(刑法第164条1項)。また,御璽や国璽,御名を不正に使用したり,偽造した御璽や国璽,御名を使用したりすることも罪になり(刑法第165条2項),共に2年以上の懲役に処されます。

印鑑偽造,印影偽装の方法を検索している方へ

このページでご紹介した印章偽造や印影偽装は,その気になればできてしまいますが,印鑑偽造や印影偽装は印章鑑定で見破られてしまいますし,印章偽造の罪を取締る刑法により懲役刑に処されますので,絶対に手を付けてはいけません。

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Posted by 鑑定人 田村真樹