筆跡鑑定における筆記具の考察

2017-05-01筆跡の研究

筆跡鑑定の基本的分析内容

筆跡鑑定における,基本的な分析材料は,主に「筆跡」です。これは言うに及ばないことでありますが,一般的に「筆跡」の形成に必要なものとして挙げられるものには,

  1. 執筆者
  2. 筆記具
  3. 筆跡を残す媒体

の3要素が必要であると考えられます。

筆跡を形成する「執筆者」

執筆者は,私であり,皆さんでもあります。手書き文字や活字を読み,意味を知り,理解し,考察することができ,思考することができる者であり,その考察や思考した内容を,自分を含めた「存在」に,伝え・残すことができる者です。メモを取る,日記を書く,手紙を書く,ノートを取る,署名をする,契約を結ぶ,訴状を書く,文を執筆する,書をたしなむなど,すべての執筆する行為からなる「筆跡」は,執筆者から発信されます。

筆跡を形成する「媒体」

筆跡を残す媒体では,紙が最も一般的です。古くは木簡や竹簡などのように植物を媒体として扱ったり,中国の金文のように金属(青銅など)を使用したり,岩や石に直接刻み込み,鉱物を対象とするなどの方法が採られたり,亀の甲羅(腹の部分)や動物(牛など大型)の骨を用いて,占いに使用するために動物の体の一部を媒体として使用するなどがあり,最近ではペンタブレットを使ってパソコンに手書き文字を映すことも可能になりました。最近のパソコンなどの記憶媒体も含め,古くからある動物の一部や,鉱物,金属,植物,そして紙など,時代ごとの「執筆者」たちは,手当たり次第に様々な「媒体」に,「筆跡」を残して(受信させて)きました。

執筆者と媒体を「筆記具」がつなぐ

執筆者(発信)と,媒体(受信)とを結ぶ物,それが「筆記具」であると考えます。 原始の筆記具は「指」であり,次第に「木の棒」,「とがった石」,「動物の骨」などに姿を替えたと考えられています。考古学的な考証はさておき,「執筆者」の思考と,「媒体」を結ぶ道具が「筆記具」であることは,現代でも周知の事実です。

筆跡鑑定における筆記具の分類

筆跡鑑定では,「媒体」に残された「筆跡」を様々な角度から分析して,「執筆者」の恒常的な慣性を導き出し,異なる「媒体」にある恒常的な慣性の違いや,あるいは類似する傾向を抽出し,異同の判定を行います。執筆者と媒体をつなぐ「筆記具」は筆跡鑑定の作業においても重要な要素であり,「執筆者の思考や個性を」→「筆記具を用い」→「媒体に残す」という,演繹によって形成される「筆跡」を,「媒体に残された筆跡」→「執筆者の個性」へと帰納証明していく筆跡鑑定では,筆記具の特定や,執筆者との関係,媒体の性質による影響など,考証なしでは成立しえず,特別な要素として位置づけています。

 筆記具の種類と特徴
 筆記具 特徴 弊所の表現
 鉛筆 ・筆線が執筆によって次第に太くなる
・複写の際,筆跡が薄くなる
鉛筆様
 シャープペンシル ・複写の際,筆跡が薄くなる
 油性ボールペン ・公私ともに保存文書様に使用される
・筆圧を強く執筆できる。
・インクによる判別が困難になってきている
ボールペン様
 水性ボールペン
 ゲルインクボールペン
 毛筆 ・筆線の肥痩がある
・線画のかすれがある
毛筆様
 筆ペン ・年賀状・のし袋に多く見られる
 万年筆 ・ボールペンより太く,毛筆より細い筆線の肥痩がある 万年筆様
 プラスチックペン ・廉価な万年筆型の物や,ポイントペンなど,一見すると
プラスチックのような素材のペン先で,インクがにじみ出し
筆記を可能にするタイプの物
ファイバー
チップペン様
 フェルトペン ・一般的に「マジックペン®」と呼ばれる太字のインクペン
 サインペン® ・「マジックペン®」より細字でアクリル繊維のペン先の物
 竹ペン ・竹製ペン先のインクペン 硬質
インクペン様
 羽ペン ・鳥の羽製ペン先のインクペン
 ガラスペン ・ガラス製ペン先のインクペン

※鑑定人は,執筆の場面を観察していませんので,「~様(よう)」という表現をしています。

原本資料の筆跡の場合は,マイクロスコープの使用や,目視による観察により,筆記具の特定をすることが,ほぼ可能となりますが,謄本など原本資料のコピーや写真画像の筆跡の場合では,観察から大まかな分類にとどまることもあり,詳細な判断が困難な状態となることがあります。また,領収証などに見られる二枚複写のカーボンコピーでは,執筆時の環境としてボールペンで記入することが一般的とされていることから,全般的に「ボールペン様」と判断しています。
その他,依頼人からの報告がある場合には,優先的に表現に取り入れるなど,筆跡鑑定では執筆者がどのような筆記具を使用していたかを調べ,考察に役立てています。


最後までお読みいただきまして,ありがとうございました。